LGBT: ゲイの私は恋愛ソングが嫌いでした

Kazuma

こんにちは。Kazumaです! →ツイッタープロフィール

最近は洋楽を聴いてばっかりで日本のアーティストに疎くなってきました。

実は私、ほんの数年前までは洋楽どころか音楽を聴くことが

あまり好きではありませんでした。

特にゲイの私は恋愛ソングは聴くのが嫌で仕方なかったんです。

なぜか。。それは、

歌詞の意味を素直に受け取れない。歌詞の中の「彼女」「彼」「he」「she」がほんとに嫌いだったから。

この記事を読んでる人の中にはこの言葉のよく意味がわからない人もいるかもしれません。

でも、LGBT当事者の方ならなんとなく想像がつく人もいると思います。

私が音楽を聴くのが嫌だったのには私のセクシュアリティが大きく関わっています。

音楽と私のセクシュアリティ。

どこに関係があるんだと思うような言葉ですよね。

Kazuma

今回はカナダでの経験で変わった私のセクシュアリティに対する考え方が音楽とどう関係があったのかお話していきたいと思います。

この記事を読んだ皆さんが次に音楽を聴くとき、今までとは少し違った感覚で聴くことになるかもしれません。

恋愛ソングを聴くと違和感がある

恋愛ソングに全然共感できない

高校生のころからはスマホを持ち始めて、アプリや動画サイトを通して音楽に触れる機会は多くありました。

よく聞いていた曲といってもあまり覚えていませんが、

例えば安室奈美恵さんのHEROやONE OK ROCKのキミシダイ列車、ディズニーのLet it Goなど、ジャンルはバラバラですが、

なんというかこう、自分に向けて語る系?の歌をよく聞いていた気がします。

恋愛ソングも流れで聴くことはありましたが、あまり男女を意識しすぎたものは好きになれませんでした。

特に動画サイトであがっているような、

ミュージックビデオで曲に合わせて男女のストーリーが展開されていくような動画などに関しては、すぐに再生をやめて次の曲を聴くぐらいには、恋愛ソングを聴くことにとても抵抗がありました。

そうやってあからさまに恋愛ソングを聴くことを避けているにもかかわらず、なんでそんなに恋愛ソングが好きになれないのか、当時は自分でもよくわかっていませんでした。

その理由がわかり始めたのは、私が自分のセクシュアリティをちゃんと考えるようになってからだと思います。

ゲイの自分を認められない私とストレート向け恋愛ソング

そもそも、

高校生のころまでは自分の性セクシュアリティについてしっかり考えたことなんてなかったです。

でも他の男子とは違ってクラスの女子に全く興味がないことは自分でもわかっていて、男子たちとふざけてそういった動画を見ても何も感じませんでした。

だから頭の隅ではわかっていたんです。

ただ、どこかでそれを否定したくて、異常だと思っている自分もいて、それが自分だと認めてしまうのが怖くて考えないようにしていたんだと思います。

それが理由で、

男女の恋愛を扱った曲を聴くのは自分のセクシュアリティが間違っていることを証明しているように感じて苦しくなったんだと思います。

特に歌詞の中での「彼女」、「彼」、「he」、「she」といったといった単語がありますよね。

それを男性歌手、女性歌手が歌っていると、ちゃんと「男女」が成立した歌になるのが私にとっては違和感しかなくて、すごく苦痛だったのを覚えています。

そうやって過ごしている内に、私が自分を「自分は男が好きな男なんだ」としっかりと自覚して確信にかわるイベントが起きます。

確信「私はゲイだ」と思った瞬間

好きな子ができた。でも相手はノンケ(ストレート)の男子

それは私が初めて明確に恋愛感情を抱いた瞬間だったと思います。

厳密にいうと気になる人はその時までにも何人かいましたが、時間が経つとどうでもよくなっていました。

でも、その男子は私にとって魅力的な人で、仲良くなっていくうちにいつの間にか惹かれて好きになっていたんです。

いつもは放っておけばそんな感情もなくなるはずなのに、その時ばかりは気持ちが強くてうまく自分の中で処理ができませんでした。

自分の中で彼を好きな感情。

今までのように自分の気持ちに向き合わずに避けていたい気持ち。

この2つの感情がぶつかりあって、大きな葛藤がありとても苦しかったのを今でも覚えています。

長い自問自答。やっぱり私はゲイ。高まる音楽への抵抗感

考える期間はいくらでもあって、

彼を好きになってからは無意識だけど少しずつ自分の想いに向き合うようになっていきました。

私は彼が好きだ。
でもそれは友達としてなのか?
性的な対象じゃないのか?
じゃあ女子を好きにならない私は何なのか?
私はおかしいのか?
私はゲイなのか?

こういったことを自問自答する日々が一年ぐらい続きました。

そして、特に大きなきっかけはありませんでしたが、ある日なんとなく

「認めてしまえば楽になるのかな?」

そう思ったことを境に、私はゲイなんだと考えるようになりました。

ただ、少しだけ自分を認めて受け入れることをできたは良いものの、今度は「カミングアウト」という言葉に執着するようにもなってしまい、

「皆に隠している」

という意識がはっきりと芽生えてしまいました。

まだ自分の性を完全には受け入れてないということもありました。

ただ、そういった自分を追い込む新たな意識が音楽、特に恋愛ソングなどの男女を取り扱ったものに対する心の抵抗を一層強くしていったように思います。

悩み続けた数年間 カナダでのLGBT当事者とゲイの私の出会い

なんとなくカナダ渡航を決めたゲイの私

そうやって自分の中で葛藤は続いて気づけば大学3年生。

相変わらず恋愛ソングは好きになれなくて、ゲイだということを誰にも知られることのない生活には慣れていました。

誰にも共有できない、カミングアウトもできないという考えとそこから生まれるカミングアウトができない自分への失望感がありました。

そのため、日常生活ではふとした時に少し孤独を感じることは多かったように思います。

そうやって大学生活を過ごしていましたが、国際系の学部だった私は英語力をつけたいと思い、3年間貯金していたお金を使ってワーキングホリデー制度を使ってカナダに留学することに。

カナダを選んだ理由は単純で、エージェントの紹介でフラットな英語が学べて日本人にも人気だったから。

できる限りの準備をしていざカナダ渡航しました。

なんとなく英語の勉強がしたいと思って挑戦したカナダ。英語力向上のほかに目的や目標は特にありませんでした。

でも、カナダで待っていたのは、

文化の違いや耳に入ってくる言語の違い、雰囲気とかじゃなくカナダに来る前は全く想像してなかった体験でした。その経験は私に大事なものをもたらしてくれたと思います。

経験1.カナダのショッピングモールで見たLGBTカップルとゲイの私

例えば海外に滞在中の人、帰国した人、皆に「渡航しての第一印象は?」と聞くと、返ってくる答えは日本とは違った現地の街の様子、聞こえてくる現地の言葉とか、大体想像はできると思います。

でも私のカナダの第一印象は全然違うものでした。

私の記憶で一番印象に残ってる、カナダ渡航間もない頃の光景。

それは、

ショッピングモールで見た1組のゲイカップルです。

衝撃でした。

それまでの人生でゲイの人をテレビ以外で見たこともなかったし、しかも実際に目の当たりにしたところは現地でも一番大きなショッピングモールの1つでした。

そんな人目に付く場所で、人生で初めて見るゲイのカップルが手をつないで歩いている光景をみて、またそれを全く気にしていない様子の他のお客さんたちを見たことがすごく印象に残りました。

カナダがLGBTフレンドリーな国だと知ったのはその後で、ネットで検索してみたりゲイのカップルを見る機会が他に何回もあり、その実態を少しずつ感じることができました。

今思えばその時の出来事がきっかけで、高校時代に一度は向き合った自分のセクシュアリティに、またもう一度向き合い始めるようになったんだと思います。

経験2.カナダでのLGBT当事者たちとの出会いとゲイの私

ショッピングモールでの出来事から始まったカナダでの生活でしたが、その後も仕事やプライベートでLGBT当事者と直接関わる機会がたくさんありました。

出会うきっかけはたくさんあって、

出会い系アプリを通した出会い、言語交流イベント、友人の紹介など探そうと思えばいくらでもあったような気がします。

例えばカナダで結婚が法制化される前から数十年もの間一緒に過ごしてきたゲイカップルと知りあってオープンリレーションシップのことを教えてもらった事もあります。

そして、カナダでの経験と出会いで私に一番影響を与えたのは始めてできた恋人との恋愛経験だったと思います。

彼とは出会い系のアプリを通して出会い、何回も会ううちにいつの間にか私の恋人になっていました。

彼は行動的な人で、尻込みしていた私をLGBT関連のイベントに連れだしてくれたり、よく友人たちとの食事に連れて行ってくれたりしました。

なかには私たちカップルだけがゲイで他は皆ノンケ(ストレート)のときもありました。

でも、どんな時でも周りからはなんの特別な反応もなく、普通に私たちカップルを受け入れてくれました。

むしろ、男同士がカップルであることは別に特別なことじゃないから目の前にいたところで気になることもないというような雰囲気だったと説明した方が正しいかもしれません。

最初の頃の私の勝手なイメージの中では、

私たちがゲイのカップルだと知ったとたんに少し戸惑ったり、怪訝そうな顔をする人、なかには拒否反応を示されるような状況を想像していたので、良い意味で裏切られたと思います。

だから、極度に心配していた自分をばかばかしいと思わせてくれるようなカナダの雰囲気、文化、国民性にどんどん惹かれていきました。

消えていた音楽への抵抗感 LGBT歌手を知ったゲイの私

気づいたら聴くようになっていた恋愛ソング

そんな感じで、カナダでいろんな経験をしながら生活を続けて気がつけば一年近くの時が過ぎようとしていました。

ある日、容量がいっぱいになってしまったスマホのデータを整理していました。

大部分を占めていたのはカメラロールと音楽データだったので、写真データを整理した後に音楽データの聴かなくなった曲を消去していました。

そこで気づいたんです。

曲のジャンルの中でも、恋愛ソングが半分ぐらいを占めていたこと。

高校と大学では意識的に恋愛ソングを聴くことを避けていたので、恋愛ソングは全く入っていませんでした。

カナダでも最初の頃はそうでしたが、いつの間にか気にせずダウンロードして聴くようになっていました。

このことに気づいた後に試しに意識して恋愛ソングを聴いてみると、以前のような違和感や抵抗感がほとんどなくなっていることに気がつきました。

なんだか不思議な気持ちではありましたが、単純に恋愛ソングを楽しんでいる自分が少し嬉しくて音楽に肯定的になれたような気がしました。

世界で活躍するLGBT歌手が歌う恋愛ソングとゲイの私

恋愛ソングを聴けるようになって嬉しくなった私は、YouTubeで音楽系のオーディション番組を観るようになりました。

たくさんの挑戦者がいる中でも、そこで勝ち上がってデビューした歌手の一人に、オープンリーゲイ(ゲイであることを公表している人)のカラム・スコット(Calum Scott)さんがいることを知ります。

さっそく検索して聴いてみる私。

歌詞の内容は恋愛ソングでした。

感想からいうと、、、

彼が歌う曲を聴いて、今まで聴いたことのあるどの恋愛ソングよりもすごくしっくりきたというか、初めて心から歌に共感できた気がしました。

なぜなのか理由を少し考えてみて思ったこと。

それは、私が聴いた彼の曲は、ゲイである彼が男の人に向けて歌っている曲だったからじゃないか。

どういう意味かというと、

対象を同姓に向けて歌われている曲だった曲を初めて聴いて、
私自身を曲に重ねることができた。
感動することができた。

ということなんだと思います。

ちょうど歌詞の内容自体も私が高校生の頃にノンケ(ストレート)にの子に片思いをしていたころの心境と似通ったものだったというのも一つの理由だと思います。

その出来事をきっかけに、

カラム・スコットさん以外にも、世の中には自分がLGBT当事者であることを公表して活動をしている歌手がたくさんいることを知りました。

そうやって彼ら/彼女らが歌う曲を聴くことで、私も自分自身のセクシュアリティに対しての捉え方が少し変わっていったのかもしれません。

ゲイの私と音楽への抵抗感 変化の理由と今の私

カナダでの出会いが変えた価値観 ゲイとしての私が普通

カナダでは多くの出会いがありました。

あまり紹介していませんが、
先ほどお話したような初日のショッピングモールでの出来事、
数十年もの間、一緒に暮らしてきたおじいちゃんカップル、
人生で初めてできた恋人、、、、。

こういったたくさんの出会いがあったからこそ、私は高校生から避けていた自分のセクシュアリティに少しだけ前向きに向き合えるようになったんだと思います。

たくさんの経験をして、今の私が自分自身に対して思うこと、それは、

「私はゲイでいいんだ。このままでいいんだ。」

ということです。

初めてLGBTカップルが恋愛をしているところを見て、実際に自分にも恋人ができて恋愛をしました。

そして私と恋人の恋愛を応援してくれる人にも出会ったし、同姓同士が付き合っていることを普通に受け入れてくれていました。

カナダでのそれらの経験は、

高校時代から自分がゲイであることを認めてはいたものの、ゲイである自分に対しての自信というか、肯定的になれなかった私を変えてくれました。

たぶん、その変化とともに音楽への抵抗もなくなっていったんだと思います。

歌詞の中にあるのは同じ「愛情」 今の私は恋愛ソングが好き

カナダでの経験があったからといって、じゃあどうして恋愛ソングに対する抵抗感がなくなったのか?

理由は単純で、

「性別にかかわらず、恋愛は素敵なもの。愛情って素敵なもの。」

だと思えるようになったから。

カップルが異性同士だろうが同姓同士だろうが関係なく、愛し合っているってことは変わらないし、美しい。

そう思えるのは、自分自身が恋愛を経験したことが一番大きな理由なのかもしれません。

同姓同士、異性同士で愛し合うことには何の違いもないし、特別なことでもない、普通なんじゃないか。

言葉にすると納得ですが、私はカナダでの経験から無意識にそれを感じるようになっていて、結果的に音楽に対する私の趣向に影響したんだと思います。

今では恋愛ソングを聴くと歌詞の中にある「彼」「彼女」「he」「she」も気にならないし、歌詞に共感もできます。

恋は人を成長させるなんて言葉はよく聞きますけど、こんな形で自分を一歩前進させることができるなんてね、、、笑

なんとなく英語を勉強するために来たカナダでしたが、挑戦してよかったなって心から思います。

じゃないと今の私はいなかったと思います。

記事にした理由 今のゲイの私のセクシュアリティと日常の接点 

日常と密接に結びつく私のゲイとしての考え方

どうして記事にしようと思ったのかというと、

こういった自分自身のセクシュアリティの捉え方が、日常にとっても密接に結びついているんだということに気づいたから。

あたりまえだと思うかもしれないけど、例えば職場での人間関係とか友人関係、政治とか大きな事じゃなくて、本当に身近にあることにもそういうことが密接に関わっているんだなって。(例えば私は恋愛ソングと自分のセクシュアリティだった)

つまり、

皆が知らないところで、想像もしてない小さな日常の中で、しかも当事者ですら意識していない、気づけていないところで、セクシュアリティが原因で自分が自分であることに息苦しさを感じているかもしれないってことなんじゃないか。

そう思ったんですけど、

私はリアルで周りにすぐこの気づきを共有できる人がいないので、今回記事にして考えを整理しながら皆にも読んでもらおうと思いました。

長ったらしい文章になってしまいましたが、、、

言っていることが間違っていたり、矛盾していることがあっても、あくまで一個人の意見だと思って読んでくれたなら幸いです。

あと、カミングアウトについても文章では触れましたが、今回の記事では長くなるので省いちゃいました。それについては今の私の考えを別の記事に書いているので読んでみてください。

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